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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11997号 判決

原告

足助重範

原告

今川佑一

右二名訴訟代理人弁護士

井上章夫

右訴訟復代理人弁護士

国井秀策

被告

株式会社入間カントリー倶楽部

右代表者代表取締役

伊木清己

被告

伊木清己

被告

近藤博昭

被告

原田栄一

右四名訴訟代理人弁護士

吉田豊

中川了滋

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告足助重範と被告株式会社入間カントリー倶楽部との間においては、原告足助重範の負担とし、原告今川佑一と被告伊木清己、同近藤博昭及び同原田栄一との間においては、原告今川佑一の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(原告足助重範)

1 被告株式会社入間カントリー倶楽部は、原告足助重範に対し、別紙目録一の株券を引き渡せ。

2 訴訟費用は被告株式会社入間カントリー倶楽部の負担とする。

3 仮執行宣言

(原告今川佑一)

1 被告伊木清己は、原告今川佑一に対し、別紙目録二及び五の株券を引き渡せ。

2 被告近藤博昭は、原告今川佑一に対し、別紙目録三の株券を引き渡せ。

3 被告原田栄一は、原告今川佑一に対し別紙目録四の株券を引き渡せ。

4 訴訟費用は被告伊木清己、同近藤博昭、同原田栄一の負担とする。

5 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

(原告足助重範)

1 原告足助重範(以下、「原告足助」という。)は、昭和四七年六月、被告株式会社入間カントリー倶楽部(以下、「被告会社」という。)が設立された際、別紙目録一記載の数の株式の引受・払い込みをし、その株主の地位を取得した。

2 被告会社は、昭和四八年三月頃、別紙目録一の株券(以下、「一の株券」という。)を印刷し、原告足助に対し、占有改定の方法により交付した(以下、一の株券の表章する株式を「一の株式」という。)。

3 被告会社は、一の株券を占有している。

4 よって、原告足助は、被告会社に対し、一の株券の引き渡しを求める。

(原告今川佑一)

1 訴外山下剛司(以下、「山下」という。)、同山田倫正(以下、「山田」という。)は、被告会社の設立の際、別紙目録記載の数(山下は別紙目録二ないし四、山田は同目録五)の株式の引受・払込みをし、その株主の地位を取得した。

2(一) 被告会社は、昭和四八年三月頃、山下に対し、別紙目録二ないし四の株券(以下、「二ないし四の株券」という。)を、山田に対し、別紙目録五の株券(以下、「五の株券」という。)を発行した(以下、二ないし五の株券の表章する株式をそれぞれ「二ないし五の株式」という。)。

(二) 被告会社は、二ないし五の株券を発行して以来、山下のために二ないし四の株券を、山田のために五の株券を保管していた。

3(一)(1) 原告今川佑一(以下、「原告今川」という。)は、昭和五一年八月、山下から同人保有の二ないし四の株式を譲り受けた。

(2) 山下は、(1)の契約後、被告会社に対し、二ないし四の株券を原告今川のために占有するよう指図した。よって、山下は原告今川に対し、指図による占有移転の方法により二ないし四の株券の交付をなした。

(二)(1) 原告今川は、昭和五一年八月、山田から同人保有の五の株式を譲り受けた。

(2) 山田は、(1)の契約後、被告会社に対し、五の株券を原告今川のために占有するよう指図した。よって、山田は原告今川に対し、指図による占有移転の方法により五の株券の交付をなした。

(三) 仮に、原告今川と山下及び山田間の右株式の譲渡につき前記のとおりの株券の交付がなされなかったとしても、商法二〇五条所定の株式譲渡の要件としての株券の交付は、株主が会社に対し株主権の帰属を主張する場合に要求されるものであって、株式譲渡の当事者間においては株券の交付がなくても有効に譲渡しうると解すべきであるから、原告今川は、山下及び山田に対し同人らから有効に、二ないし五の株式を譲り受けたものということができる。

仮に右の主張が認められないとしても、原告今川と山下及び山田との前記株式譲渡契約には、株券という特定動産の譲渡及び引渡しの合意も含まれているのであるから、右合意により二ないし五の株券は原告今川の所有となったものというべきである。

4 ところが、被告伊木清己(以下、「被告伊木」という)は二及び五の株券を、被告近藤博昭(以下、「被告近藤」という。)は三の株券を、被告原田栄一(以下「被告原田」という。)は四の株券を、それぞれ占有している。

5 よって、原告今川は、被告伊木に対し二及び五の株券の、被告近藤に対し三の株券の、被告原田に対し四の株券の各引渡しをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告会社)

原告足助の請求原因事実は認めるが、その主張は争う。

(被告伊木、同近藤、同原田)

1 原告今川の請求原因1の事実は認める。

2 同2の(一)、(二)の事実は認める。

3 同3のうち、(一)(1)及び(二)(1)の事実は知らない。(一)(2)及び(二)(2)の事実は否認する。(三)の主張は争う。

4 同4の事実は認める。

三  抗弁

(被告会社)

1 株式取得の抗弁

(一) 原告足助は、昭和四八年一〇月末頃、訴外畑盛太郎(以下、「畑」という。)との間で、同人から金二〇〇〇万円を借り受け、返済期日を昭和四九年三月一五日、利息を銀行貸出金利とし毎月末日払とする旨の契約を締結し、その際、畑に対し、一の株式を譲渡担保とした。

(二) 原告足助は、(一)の契約後、被告会社に対し一の株券を畑のために占有するよう指図した。よって、原告足助は、指図による占有移転の方法により一の株券の交付をなした。

(三) 被告会社は、昭和五〇年一〇月二一日、畑から一の株式を、代金二四〇万円で買い受け(この株式取得を、以下「本件取得」という。)、その際、一の株券を簡易の引渡しの方法によって交付を受けた。

2 留置権の抗弁

(一) 仮に本件取得が無効としても、被告会社は、原告足助のために前記1(一)の借入金の利息の一部合計金二四六万四〇〇〇円を畑に立替え支払った。

(二) 右金員は一の株式に関連して支払ったものであるから、被告会社は、原告足助から右金額の弁済を受けるまで、留置権に基づき一の株券の引渡しを拒絶する。

(被告伊木、同近藤、同原田)

1 山下は、昭和五二年一二月、二の株式を被告伊木に、三の株式を被告近藤に、四の株式を被告原田にそれぞれ譲渡し、株券を交付した。

2 山田は、昭和五二年一二月、五の株式を被告伊木に譲渡し、株券を交付した。

四  抗弁に対する認否等

(原告足助)

1 抗弁1(株式取得)につき

(一) 抗弁1の(一)の事実のうち、原告足助が畑から昭和四八年末頃金二〇〇〇万円を借り入れたことは認めるが、その余の事実は否認する。もっとも、原告足助が畑に対し一の株式を右借入金の担保としたことはあるが、譲渡担保としたものではない。

(二) 抗弁1の(二)の事実は否認する。

(三) 抗弁1の(三)の事実は否認する。

2 抗弁2(留置権)につき

同(一)の事実を否認し、同(二)の主張を争う。

(原告今川)

抗弁事実は認める。

五  再抗弁

(原告足助)抗弁1(株式取得)に対するもの

1  弁済猶予等

(一) 畑は、原告足助に対し貸付金二〇〇〇万円の弁済を猶予しており一の株式の処分権がないのに、これを被告会社に売却し、被告会社も、これを承知したうえで、畑からこの株式の譲渡を受けたものであるから、右譲渡は無効である。

(二) 原告足助は昭和五一年八月二四日畑に対し右借入金と利息を完済した。

2  自己株取得の禁止

被告会社が畑から一の株式を譲り受けたことは、自己株式取得禁止(昭和五六年改正前の商法二一〇条)に反するもので、その無効を主張する。

3  被告会社による詐欺

被告会社(代表取締役は被告伊木)は、昭和五〇年一〇月初め頃、畑に対し、一の株券が同年九月には原告足助の委任状によって畑名義に書き換えられている旨虚偽の事実を告知して同人を欺罔した上で一の株式の譲渡を申し入れ、その旨誤信した同人から一の株式を譲り受けてこれを詐取した。

そこで、畑は、昭和五一年九月、被告会社に対し、詐欺を理由として一の株式譲渡を取り消す旨の意思表示をなした。

4  畑の要素錯誤

一の株式の譲渡は、畑に名義書換がなされていることが意思表示の要素及び前提とされたものであるところ、これが事実に反するのであるから、要素の錯誤及び前提の欠如により無効である。

(原告今川)

被告伊木、同近藤、同原田は、前記三抗弁(被告伊木、同近藤、同原田)1記載のとおり同人らが山田や山下から株式を取得するに際して、既に原告今川が請求原因3記載のとおり山田及び山下から右株式を買い受けたことを承知していたから信義則上、原告今川に対し右株式の取得を対抗できない。

六  再抗弁に対する認否

(被告会社)

原告足助の再抗弁事実は否認する。

(被告伊木、同近藤、同原田)

原告今川の再抗弁事実は否認する。

第三 証拠〈省略〉

理由

第一原告足助の請求について

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

二被告会社の抗弁1(株式取得)について判断する。

1  抗弁1(一)の事実のうち、原告足助が昭和四八年一〇月末頃から金二〇〇〇万円を借り受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右借入金の返済期日を昭和四九年三月一五日、利息を銀行貸出金利で毎月末日払とする約定がなされたこと、原告足助が一の株式を譲渡担保として畑に提供したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

2  次に、〈証拠〉によれば、原告足助は、被告会社が昭和四七年六月に設立されてから昭和五〇年二月二八日まで、被告会社の代表取締役の地位にあったことが認められ、右事実に請求原因2の事実(原告足助に対する一の株券の発行及び被告会社によるその保管)及び前記1の事実(原告足助の畑に対する一の株式の譲渡担保権の設定)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、抗弁1(二)の事実を推認することができ、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

3  なお、〈証拠〉によれば、抗弁1(三)の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  右事実によると、被告会社の株式取得の抗弁は理由がある。

三そこで、被告会社の株式取得に対する原告足助の再抗弁について判断する。

1  再抗弁1(弁済猶予等)の事実を認めるに足りる証拠はない。

2 同2(自己株取得禁止)については、原告足助によると、本件株式の取得が昭和五六年改正前商法二一〇条が禁止する自己株式の取得に該当し無効であると主張するが、同条の立法趣旨は、会社による自己株式取得が会社の財産的基礎を危うくし、ひいては会社債権者を害するほか、会社による株価操作や内部情報を利用した自己株式の投機によって株主や投資家の利益を害する等の種々の弊害を生むことから、これを政策的に禁止しようとしたものであり、この趣旨に鑑みれば、同条違反による無効の主張は、会社、会社債権者又は株主に限って認めれば足り、譲渡人側に認める必要はないものというべきである。したがって、本件においては譲渡人である畑ですら、被告会社に対し自己株取得を理由としてその譲渡の無効を主張することができないというべきである。しかるに、畑の被告会社に対する右譲渡は、前述のとおり一の株式に対する譲渡担保権の実行としてなされたものであり、しかも、右実行は被担保債権の弁済期後になされたものであるから、右譲渡担保の設定者である原告足助はその譲受人が誰であるかについて全く利害関係を有するものではなく、かかる観点からみて、原告足助が被告会社に対し、本件株式譲渡を自己株式取得であるとの理由で、その無効を主張することはできないというべきである。

3  同3(詐欺)及び4(錯誤)については、原告足助の主張それ自体必ずしも明確でないが、要するに、畑は一の株式について処分権限を有しないものと認識していたのに、同人に対する名義書換がなされたとの虚偽の事実の告知を受けたことにより、処分権限を取得したものと誤信して一の株式を処分したのだから、錯誤又は詐欺に当たる旨の主張であると考えられる。しかし、右再抗弁が畑に一の株式の処分権限があったことを前提としている以上(仮に、畑に処分権限がなかったことを前提とする主張であれば、それは抗弁1の否認かあるいは再抗弁1の主張に尽きるのであるから、詐欺ないし錯誤が独自の再抗弁となることはない。)、そのいわんとするところは処分権限の存在について同人に錯誤があったとするものではなく、ただその認識のきっかけとなった事実(名義書換)について錯誤があったとの主張に過ぎないと解されるが、かような事実について錯誤があったとしても表意者を保護する必要性はないというべきである。したがって、このような錯誤を理由とする本件錯誤による無効及び詐欺による取消しの主張は許されないと解するのが相当である。

してみると、取消し及び錯誤の再抗弁は、主張自体失当というべきである。

第二原告今川の請求について

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因3について判断する。

1  (原告今川の山下からの株式譲受)

(一) 請求原因3(一)の事実のうち、同(一)(2)(株券交付)の事実はこれを認めるに足りる証拠はない。しかるに、原告今川は、株券の交付がなくとも当事者間において株式譲渡の効力は発生する旨主張するが、商法二〇五条が株式譲渡には株券交付を要する旨規定した趣旨は株券の交付が株式譲渡の効力発生要件であることを定めたものと解すべきであるから、株券の交付がない限り、かかる株式の譲渡は当事者間においても株式移転の効力は生じないというべきであり、原告今川の右主張は理由がない。また、原告今川は、原告今川と山下及び山田との株式譲渡契約は株券の譲渡の合意があり、これにより譲渡株式の所有権を取得した旨主張するが株券は株式を表章する有価証券であって、株式の譲渡を伴わずに株券のみを譲渡することはその性質上不可能というべきであるから、原告今川の右主張も理由がない。

(二) してみると、請求原因3(一)(1)(株式譲渡契約)の事実の存在につき判断するまでもなく、原告今川が山下から本件二ないし四の株式の譲渡を受けたとの主張は理由がない。

2  (原告今川の山田からの株式譲受)

(一) 原告今川の主張によると、原告今川が昭和五一年八月、山田から五の株式を譲り受けたといい、確かに原告今川本人尋問の結果によれば成立を認めうる甲第五及び第一〇号証(株式譲渡契約書)、原告今川本人尋問の結果中には右主張に副う部分もみられるが、両文書の成立について、証人山田は、甲第五号証中の「山田倫正」名の署名は同人の署名にかかるものではなく、両文書の署名下の「山田」の印影も同人の印章により顕出されたものではない旨供述しており、また、右印影が甲第四一号証中の「山田」の印影(山田証言により同人の印章によるものと認められる。)とも異なっていることから考えると甲第五、第一〇号証が真正に成立したものと推定することはできないものといわざるを得ない。この点に関する原告今川本人の供述はたやすく措信できず、他に両文書の成立を認めるに足りる証拠はない。

なお、他に原告今川の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二) してみると、原告今川が山田から本件五の株式の譲渡を受けたとの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山口和男 裁判官坂倉充信 裁判官古部山龍弥)

別紙目録

東京都港区新橋一丁目六番七号株式会社入間カントリー倶楽部の株券(一株の金額五〇〇円)

一 原始株主足助重範の株券

四八〇〇株

二 原始株主山下剛司の株券

一〇四〇株

三 同 一〇〇〇株

四 同 一〇〇〇株

五 原始株主山田倫正の株券

八〇〇株

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